【特集】余市を知る 第4回
石窯と余市
特集:余市を知る

第四回:余市蒸溜所の原酒

 複数回にわたり余市蒸溜所とそこで造られるウイスキーについて触れてきたが、今回は「原酒」について着眼していきたい。これまでの余市蒸溜所を取り巻く環境や製造についての解説の中で、ウイスキーの味わいはその土地・環境に大きく左右されることはご認識頂けたと思う。海に近く冷涼湿潤な余市の気候、清冽な余市川の清流、未だ続く石炭直火蒸溜…。このような条件下で生み出され、じっくりと熟成された余市の原酒は「香ばしさ」「力強く濃密なコク」「微かな潮の香り」といった個性を獲得することになる。
 とはいえ、これはあくまで傾向に過ぎずその原酒を詰める樽の種類や保管する熟成棟の場所、あるいは製造に使う麦芽がどの程度ピートを効かせているか、どの酵母を使って発酵させたか、様々な条件により原酒の味わいはガラリと変わっていく。同一の原料・酵母・蒸溜・熟成をさせれば、原酒の味わいをある程度は統一させることも可能ではあるが、余市蒸溜所では敢えて上に述べたような条件を様々に組み合わせ多様な原酒が生まれるようにしている。
樽内部を焦がす工程

余市蒸溜所には原酒の味わいに大きな影響を与える「樽」を加工する製樽棟も備えられている。写真は樽内部を焦がす工程を撮影したもの。

 原酒の造り分けには手間がかかるが、スコットランドと違い蒸溜所の絶対数が少ないこの日本では一つの蒸溜所で様々なタイプの原酒を製造する必要があった。特に、ブレンデッドウイスキーを製造するためには個性の違う原酒がどれだけあるかが重要である。その為、余市蒸溜所では細かい原酒造り分けを行い、また、余市では造り得ない味わいの原酒を求めてニッカウヰスキーの創業者である竹鶴政孝は宮城に「宮城峡蒸溜所」を建設した。
熟成棟内部

熟成棟内部。この樽に詰められた一つ一つの原酒が微妙に異なった味わいを持つ。樽詰め前では予想もつかない味わいに仕上がることも。

 では実際余市蒸溜所でどのような原酒が生まれているのか。今回、蒸溜所を特集するにあたり現地取材を行った折に4種類のタイプが違う原酒をテイスティングさせて頂くことが出来た。余市蒸溜所で生まれる原酒の一端として、その味わいを以下に紹介させていただく。(種類は写真も参考のこと)

杉本氏

今回の取材で原酒の解説をして頂いた杉本氏。氏はニッカのブレンダーとして長く活躍し、チーフブレンダーを務めた際にはあの「竹鶴21年」を作り上げた。現在は蒸溜所の顧問を担われている。

ティスティングした4種の原酒

テイスティングした4種の原酒。手前からニューメイク、シェリー&スイート、ピーティ&ソルティ、ウッディ&パリニック。

①ニューメイクポット(度数:65%)
 これは蒸溜したばかりの未熟成原酒。甘味・香りともに強いが刺激が強くまだまだ荒削り。しかし根底には余市の特徴でもある重厚さも感じさせる。
②シェリー&スイート(12年熟成)(度数:55%)(シェリー樽熟成)
 ドライフルーツ、カカオをイメージさせるような甘い香りとメイプルシロップのような甘い味わい、僅かな塩っぽさ。加水することで甘味以外の複雑味が現れ始める。この原酒に使われたシェリー樽はブレンダーが直接スペインまで赴き買い付けを行ったそうだ。
③ピーティ&ソルティ(12年熟成)(度数:55%)(ハーボン樽熟成)
 名前の通り非常にピーティ。そのまま飲むと口の中で個性が一杯に広がる。加水することでオイリーさやフルティーさ、潮の香りが広がり始める。なお、この原酒は非常に個性的なためブレンドの際はごく少量隠し味として使用されるそう。
④ウッディ&パニリック(12年熟成)(度数:55%)(アメリカンホワイトオーク新樽熟成)
 強い樽香、エステル。スパイシーかつ蜜のような甘い味わい。加水することでさらに樽香が強まり個性が一層際立つ。新樽で熟成させると、樽の香りが強過ぎて味わいのバランスが壊れることがまれにあるが、余市蒸溜所では原酒の力強い酒質に合わせて樽の内側を焦がす加減を調整することで絶妙なバランスをとっている。
 実際には、以上の4点以外にも多種多様な原酒が存在し熟成棟の中で大切に保管されている。その珠玉の原酒達を竹鶴正隆から受け継がれた伝統のブレンド技術で絶妙に組み合わせることで「シングルモルト余市」を始めとした数々の逸品が世に送り出されているのだ。
ウイスキー余市特集