第二回:余市蒸溜所を取り巻く環境
ニッカウヰスキー創業者、竹鶴政孝の熱い想いを今も受け継ぐ余市蒸溜所。前回は「余市」の味わいはどのような製法により産み出されているのかについてご紹介させて頂いた。しかし、ウイスキーの味わいを成す要素としてはもう一つ重要な物がある。それは蒸溜所を取り巻く「環境」だ。
竹鶴政孝の「ウイスキーは自然が育てる」という信念のもとに、最高のウイスキーを産み出し得る場所として選ばれたのがこの余市だった。この土地の何が、彼を動かしたのか。今回は余市という土地・環境に焦点を当てていく。
余市は北海道西部、積丹半島の付け根に位置する町だ。かつては、鰊漁の重要な拠点として栄えた町であり鰊の漁獲量が激減するまでは裕福な網元が多く暮らしていた。なお、現在でも漁業は町の重要な産業でありエビやイカなどを多く水揚げしている。
余市の海。冬の余市は気温はそこまで下がらないが強い海風が吹く。この海風が、余市の原酒にまた一つ個性を与える。
農業も古くから盛んに行われており、特にブドウ、梨、そして林檎の生産量は道内1位を誇る。(前回も少し触れたが、竹鶴政孝はウイスキー 造りの資金を集めるためにこの余市の林檎を使いリンゴジュースの製造・販売を行った)
果樹栽培が盛んな理由として、道内で見れば比較的温暖な気候が挙げられる。最も厳しい寒さとなる1月でも平均気温は-4度、最低気温が-10度を下回ることは滅多に無い。雪解けも早く、豊富なミネラルを含んだ雪解け水は標高1500mの余市岳の地下を通り抜け余市川に注ぎ込む。この豊かな清流が余市蒸溜所の仕込み水となり、その旨さの秘訣の一つにもなっている。また、余市川の河口に形成された扇状地は湿潤で霧が出やすいという特徴を持っている。
余市を囲む三つの山の一つ、余市岳。標高1,488mの巨体を通して雪解け水が流れ出し余市に注ぐ清流を成している。
余市川の水源地付近。柔らかい味わいのこの水こそが、余市の味わいの根幹を成す。
こういった余市の環境は、ウイスキーの聖地・スコットランドのハイランド地方の環境と酷似している。竹鶴政孝は、理想の場所を求め様々な土地を渡り歩きここ余市に辿り着いた。早朝、霧が立ち込める余市の風景を見た時に彼はかつて実習で訪れた懐かしいスコットランドの光景をここ余市に見たのであろう。そしてそれは彼の心を動かすのに十分な物であったに違いない。
蒸溜所近くを流れる余市川。夏には鮎が泳ぎ、秋には鮭が遡上する。蒸溜所のみならず夜市の町に恵みを与える母なる川だ。
結果として、彼の土地選びに間違いはなかった。ウイスキーの聖地を夢見て造られたこの蒸溜所は、日本、そして世界の新たなウイスキーの聖地へと成長している。