第3回
今回は、前回に引き続き「富士御殿場蒸溜所」で行われているウイスキー製造の秘密、そしてそこで造られるウイスキーのブレンドについて詳しくご説明させて頂きます。前回はウイスキーの製造工程の中で「蒸留」に焦点を当てての説明となりましたが、今回はその後に訪れる「熟成」の工程を見ていきます。
ウイスキー製造にとって、最も重要なのがこの熟成の工程です。木樽で長い期間熟成を重ねることにより、ウイスキーは深い色合いまろやかな味わい、複雑な香りを獲得します。しかしながら、ただ樽に蒸留されたスピリッツを詰めて放置すれば素晴らしいウイスキーが出来るかといえばもちろんそうではありません。
樽にスピリッツを詰める度数、樽の大きさ、種類、樽を保管する熟成庫の場所、温度、湿度…こういった様々な要素が絡みあうことで熟成を経たウイスキーの味わいはガラリと変わってしまいます。非常に繊細かつ難しい熟成だからこそ、なるべく良い熟成を行うために出来る限り熟成に適した条件を揃えることが重要になります。
それでは、富士御殿場蒸溜所では熟成の工程をどのように行っているのでしょうか。富士御殿場蒸溜所の熟成における第一のポイントは「樽」です。一般的なウイスキー蒸溜所では200〜500L程度の容量の樽を使用して熟成を行います。サイズも必ず一定というわけでなく、大きな樽から小さな樽まで様々使う蒸溜所も少なくありません。
一方、富士御殿場蒸溜所では容量180L、オーク製の小樽のみを熟成に使用しています。大きな樽での熟成と比べ小樽での熟成は、樽とウイスキーがより多く触れ合うことになります。結果として樽からより多くの成分を得ることが出来、香り高く味わい深いウイスキー原酒を作ることが出来るのです。当然、小樽だけを使えば保管スペースや管理により手間がかかってしまいます。しかし富士御殿場蒸溜所では理想の味わいのためにあえて手間のかかる方式を長年続けているのです。
さて、この小樽で勧められる熟成ですが何年経った時点で熟成を終了させるのかは決まっていません。一つ一つの樽により、熟成のピークは異なるからです。時に、富士御殿場蒸溜所の求める味わい「クリーン&エステリー」を実現するためにはこの見極めが非常に重要になります。富士御殿場蒸溜所では原酒の円熟点を見極める管理を「マチュレーション・ピーク管理」と呼称しています。
こうして素晴らしい原酒が生み出されていくわけですが、これがそのまま「富士山麓」のような商品になるわけではありません。いくつもの原酒を「ブレンド」する工程が残っています。樽から出した原酒をそれぞれ瓶詰めするだけでは、毎回味わいにばらつきが出てきます。また、複数の原酒をブレンドすることで、香り・味わいに深みや複雑さを持たせることもできます。
ただし、ブレンドはそう簡単に出来るもではありません。原酒の数に限りがある以上、毎回異なる個性の原酒を組み合わせて、今までと同じがそれ以上の味わいを造り上げる必要があるからです。この難しいブレンドを行う「ブレンダー」と呼ばれる職人は、原酒の香りをもとにブレンドの比率を決定していきます。才能・技術・経験が必要とされるこの作業に当たれるの蒸溜所を経営するキリンビール社のなかでもごくわずか。現在は、田中城太チーフブレンダーを中心に3名、ブレンドの作業を担当しているそうです。
3回に渡り、富士御殿場蒸溜所とそこで生まれるウイスキーの魅力についてお伝えしてきました。世界的なウイスキーブームがまだまだ加熱してる中、富士御殿場蒸溜所は日本を代表する蒸溜所として今後ますます注目されていくのではないでしょうか。
富士御殿蒸溜所の熟成庫内部。
「高層ラック式」と呼ばれる高層まで樽を積み上げられるタイプの熟成庫です。その高さは約17メートルほどにもなり、樽を上部まで運ぶ際は専用の機械が使用されます。熟成庫内にある樽の数は3万樽以上で、本文でも触れたとおり全て180Lの小樽のみに揃えられています。これだけの樽が保管されていると、樽から僅かに蒸発するアルコールの量もかなりのものとなり熟成庫内部に充満していきます。ウイスキーファンならたまらない素晴らしい香りがするのですが、長時間内部にいると呼吸する際にアルコールを体内に取り込んでしまうために内部での作業時間に限界が定められているそうです。樽はコンピューターにより管理され、日々数樽が運び出されていきます。(写真は運び出される樽の様子。樽はレールの上を転がり、専用のトラックへと積み込まれます。)
毎日の作業を続けるうちに、アルコールの好きな微生物により熟成庫周辺に生えている木の表面は黒色になっています。こういった部分にも蒸溜所の長い歴史を感じられます。
運び出された樽は、蒸溜所内にある瓶詰め施設へと運ばれます(富士御殿場蒸溜所は所内で瓶詰めも行っています。実はこれも他の蒸溜所ではあまり見られない特徴です)。ここで最終チェックを行った後に加水・ブレンドが行われ瓶詰めがなされます。
2016年3月22日、以前の富士山麓からフルリニューアルして発売されたのがこの「富士山麓 樽熟原酒50°」
原酒に対する加水率を抑える、香味成分をより多く残すこだわりの「アルコール度50°」のおいしさをそのままに、「ノンチルフィルタード製法」を取り入れることでより多くの香味成分を残すことに成功しました(ノンチルフィルタード製法とは、ウイスキー製造工程に置いて冷却ろ過を行わず、成分をより多く残す製法のこと)。「樽熟原酒」の名前通りに、原酒の持つ味わいを色濃く表現した新しい富士山麓。日本のウイスキーらしい清らかさと力強く奥深い味わい、そしてこだわりの樽から生み出された芳醇かつ甘い香り。飲み方を選ばず飲む者の好きなスタイルで楽しむことが出来る、富士御殿場蒸溜所を代表する自信作です。敢えて飲み方を指定するのであれば、ロックにわずかな水を加えたスタイルで。若干の加水により香りが花開きます。口に含んで舌全体でじっくり味わうことで、より多くの香味成分が顔を覗かせます。それと同時にモルト原酒由来の力強い味わいと、富士御殿場蒸溜所ご自慢のグレーン原酒由来の甘い味わいも存分に楽しむことが出来ます。飲み干した後に、口中から鼻へと抜けていく心地良い余韻までしっかり堪能しましょう。
アクセスマップ
[住所]〒421−0003 静岡県御殿場市柴怒田970
[TEL]0550−89−3131
アクセス
[電車利用]JR御殿場駅よりタクシーで20分
[車利用]東名高速御殿場I.Cを山中湖方面に降り、国道138号線を直進約6km進んだ右側
[設立]1973年
[発酵槽]ステンレス…8基
[蒸溜器]初溜…2基、再溜…2基、その他…連続式
[仕込水]富士伏流水