新たなる歴史の始まり
マッカラン蒸溜所
徹底解明
1824年の創業から現在に至るまで、世界各地のファンを魅了してきたマッカラン。この銘酒を生み出す蒸溜所に、去る2018年6月に大きな変化が起こった。200年近く続く長い歴史の中でも類を見ない規模での、蒸溜所拡張が行われたのだ。ウイスキー業界のトップリーダーとも言えるマッカラン蒸溜所にどのような変化が起こったのか?それを実際に確かめるため、直接現地まで赴き取材を敢行した。
新蒸溜所入口。長い石畳の坂を登ると巨大な扉が待ち受けている。この写真では見えないが、扉は観音開きの自動ドア。日本人なら特に驚く。
実は以前にも我々リカーズ取材班はマッカラン蒸溜所に訪問をしている。我々が前回マッカラン蒸溜所を訪れたのは2013年11月。今回再訪したのは2018年9月のため、実に5年もの月日が経過していることになる。その間、マッカラン蒸溜所以外の様々な蒸溜所を目にしてきた我々は、蒸溜所の格調•新造についてもどのような変化が起こるのかある程度の範囲で予測は出来ていた。しかしながら、その予測は蒸溜所到着後に大きく裏切られることとなった。
まず外観から、既存のどの蒸溜所とも違う建築様式なのだ。蒸留所内にある丘と一体化しているような、近未来的ドーム。その形状をじっくりと眺めながら歩くことの出来る石畳の道。超一流のミュージアムを思わせる独創的な入口…。蒸溜所内に入っていくまでに圧倒されてしまった。
新蒸溜所上部。屋根は自然の丘を思わせる凹凸が付けられている。この建設地は、土を50万トンも掘り返して造られた。凹凸のある屋根は38万ものパーツをパズルのように組み合わせて造られているそう。
入り口に入ってからも圧巻の一言であった。誰しもがまず目を奪われるのが、創業からいままで生産してきた歴代のボトルを全て集めたディスプレイだ。約800本にものぼるボトルが、高さ5mはあろうかというガラス棚に全て並べられている。高所にあるボトルを見るために遠隔操作可能な巨大タブレットが併設されておりこれを使うことでボトル1本1本の詳細情報を読み出すことが出来るようにされている至れり尽くせりぶりだ。その他、蒸溜所公式ショップや、有料のテイスティングバーなども備えられていており見学まで含めた新たなウイスキービジネスのスタイルを感じさせる作りとなっていた。
歴代のマッカランがディスプレイされたラック。2階まで突き抜ける圧倒的存在感で、見るもの全てを魅了する。
しかし、蒸溜所において最も重要な部分は来訪者を喜ばせるきらびやかな施設ではない。ウイスキー造りに関わる生産設備の部分だ。マッカランはこれまで、ウイスキー造りにおいて「6つの柱(six pillars)」と呼ばれる強いこだわりを持ってきた。マッカランの象徴である「イースターエルキーハウス」、リッチな味わいを生み出す「スコットランド最小クラスのポットスチル」、蒸留液の最も上質な部分だけを使う「ファイネストカット」、熟成に用いる「樽」、着色を用いない「自然の色彩」、そして他に類を見ない「職人魂」。これらを守りながら、この先進的な蒸溜所でウイスキー造りができるのであろうか…?そんな一抹の不安が我々の頭をよぎった。
結論から言うと、このような考えは全くの杞憂であった。マッカラン蒸溜所は他のどこにもない最先端のテクノロジーを製造設備に組み込みながらも伝統を守り、これまでと同じ品質の原酒を作り出すことに成功したのだ。とは言え、設備の配置・外観はこれまでとは大きく変わっている。
一般的な蒸溜所では、「糖化」「発酵」「蒸溜」はそれぞれ別の部屋・スペースで行うが新マッカラン蒸溜所では巨大な部屋の中で一括して行われる。新しい糖化槽(マッシュタン)はステンレス製フルロイター式で、なんと容量は17トン。ここで作った麦汁を、同じくステンレス製の発酵槽(ウォッシュバック)に投入し発効を行う。なお、ウォッシュバックは容量69,000Lの巨大なものが21基も設置されている。これまで同様、55時間の発酵で得られたモロミを、ポットスチルへ移して蒸留を行う。
生産施設外観。「サークル」に発酵槽・初溜釜・再溜釜が設置されている。発酵槽は現在全てステンレス製。
ポットスチルは容量13000Lの初溜窯(ウォッシュスチル)が12基、容量3,900Lの再溜釜が24基と、旧蒸溜所と比べて倍に増やされている。ポットスチルの形状は「6つの柱」に関わる重要な部分のため、新造する際は特に注意を払ったそうだ。製造を担当したフォーサイス社は、それまで使われていたポットスチルの容量・形状はもちろん、傷や凹みまで全てのデータを正確に取ることで以前と全く変わらないポットスチルを作り上げた。言葉にすると一言だが、実際の作業は困難を極め、時間もコストも相当にかかっている。しかし、今までと同じ味わいの原酒を作ることこそが最優先項目と考え、一切の妥協を許さなかったそうだ。
ポットスチルの形状は同じだが、もちろん変化した部分もある。最も目を引くのは各設備の配置についてだ。新たなマッカラン蒸溜所内には、発酵槽7基、初溜釜4基、再溜釜8基を円形に設置した「サークル」が3セット設置されている。
「サークル」を説明する模型。各設備の配置がわかりやすい。なお、この説明を行う際は模型と実設備の照明が連動するギミックがあり、ここでも驚かされた。
他の蒸溜所を知っていればいるほど、独創性に富んだ配置方法で非常に驚かされるがその実、生産効率は非常に高い。また、細かいところだがスピリットセーフが廃止されている部分もポットスチル周辺の変更点として挙げられる。そもそもスピリットセーフは蒸留液の度数であったり成分を目視するための設備だが、最新のテクノロジーを使えば度数から成分まで全てを管理出来るため廃止したそうだ。もちろん、香りや度数を人間がチェックしないわけではないのでそれ用の小さな点滴ノズルはポットスチル下部に備えられてる。
「サークル」下部。蒸留設備は建物の2階部分にせっちされており、1階に熱交換器や配管などが集中している。ここにも他の蒸溜所には見られない最新式設備が投入されているが残念ながらこちらは非公開。
熟成に関しても、設備の増強が行われている。熟成庫は、広大な敷地内に54棟建設されているがそのうち14棟が新設されたラック式熟成庫だ。当初は、10棟分のスペースを確保して2棟までしか建設する予定はなっかそうだが、世界中のマッカラン需要が急増したことから14棟まで増設したそうだ。1棟あたりに24,000樽も貯蔵することができるこの熟成子がそれだけ必要になることからもマッカランの人気ぶりが伺えるというものだ。
マッカランの大きな特徴となる「樽」を説明するミュージアム。まるで樽の内部に入り込んだようなディスプレイになっており、プロジェクションマッピングを使った樽製造を紹介する映像も流れる。
新熟成庫外観。8段のラック式で高層まで熟成樽を積み上げることが可能。
新熟成庫内部。通常は非公開。まだ新しいため、随所に空きが見られる。毎週800樽ほどがこの熟成湖に運ばれる。
今回の新蒸溜所建築にかけた費用は、日本円にして約200億円。建築期間は、計画から数えて6年。とてつもない金額と時間がかけられている。しかし、マッカラン蒸溜所のオーナーであるエドリントングループは、これはまだ強化の一部に過ぎないと発表している。プロジェクトの全体の予算はなんと700億円、計画の完全完了までは12年かかると見ているそうだ。
おそらく、ただ需要に対しての生産量を増やすだけであればここまでの投資は必要ない。だが、世界の人々がマッカランの何を気に入り、何を求めているのか?その疑問に真摯に向き合い、マッカランが導き出した回答がこの途方もない強化計画なのだろう。
伝統の保守と生産量の拡張。安易に両立し得ない2つのテーマを実現させるその1歩を踏み出したマッカラン蒸溜所。美しい新設備の裏に、輝かしい未来の一端が見えた気がした。